NICU感染症診療 メディカルスタッフ Webセミナー 初級ベーシック教育講座
「米国感染症学会週間(IDweek 2023)」より
Poster 923
抗呼吸器合胞体ウイルス(RSV)核タンパク質阻害薬のEDP-938は、ヒトでのチャレンジ試験において高い耐性バリアを示す
EDP-938, A Respiratory Syncytial Virus (RSV) antiviral, demonstrates a high barrier to resistance in a human challenge study
Rachel E. Levene
(Enanta Pharmaceuticals社)

 RSVの非融合標的複製阻害薬(融合タンパク質を標的としない阻害薬)であるEDP-938は、RSV感染させたヒトでのチャレンジ試験において、検討したすべての用量でウイルス量および症状スコアを有意に低下させたことが報告され1、現在RSVに対する経口治療薬の候補として注目されている。

 これまでの融合タンパク質を標的とする抗RSV薬は、急速に高レベルの耐性を引き起こす可能性がある。そこで本研究では、ヒト感染に対するEDP-938の耐性発現の特徴を理解するため、チャレンジ試験で採取した一部の検体を用いてハイスループットシーケンスを行った。その結果、EDP-938は臨床的に高い耐性バリアを有する(薬剤耐性を獲得されにくい)可能性が明らかになった。

 検体には、チャレンジ試験で採取した検体のうち、ウイルス量パターンを代表する48例(EDP-938群37例、プラセボ群11例)から採取された計159の鼻汁検体を用いた。各検体のEDP-938投与前、投与中、および投与後の複数の時点における核タンパク質遺伝子のゲノム配列を解析した。

 159の鼻汁検体のうち153の検体が解読可能で、全例で同義変異(塩基が変化してもコードするアミノ酸が変わらない)が確認された。EDP-938群では2例において治療下で非同義変異が検出された。1例(負荷用量500mg投与後、300mgを1日2回投与)はE112G変異で、投与開始から3日目に検出された。しかし、その後は野生型だけが検出され、まもなくしてウイルス量は検出不能となった。もう1例(負荷用量600mg投与後、300mgを1日1回投与)は、投与開始から4日目と5日目にL139I変異が検出されたが、翌日にはウイルス量が検出不能となった。

 そこで、この2つの変異E112GとL139Iについて、逆遺伝学的方法(特定遺伝子の操作により表現型から遺伝子機能を同定する研究手法)を用いてそれぞれ組換えRSV-A2ウイルスを作製し、EDP-938に対する耐性を検討した。その結果、EC50値とEC90値(ウイルス増殖を50%または90%抑制するのに必要な濃度)は、野生型がそれぞれ61nM、91nMであったのに対し、E112G変異のRSV-A2ウイルスではそれぞれ100nM、124nMと、EDP-938に対する耐性は示されなかった。一方、L139I変異のRSV-A2ウイルスではEC50値が590nM、EC90値は1,075nMで、EDP-938に対する耐性がわずかに上昇していた。

 また、作製したそれぞれの組換えRSV-A2ウイルスをHEp-2細胞に感染させ、細胞および上清液のウイルス量の変化を50%組織培養感染量(TCID50/mL)で測定し、各曲線下面積を求めたところ、ウイルスの適応性においてE112G変異ウイルスでは変化は認められなかったが、L139I変異ウイルスはわずかに低下していることが示された。つまり、L139I変異ウイルスは、EDP-938の臨床的な耐性バリアにわずかな影響を与える可能性が示唆された。

 以上の結果から研究グループは、EDP-938を投与した被験者37例分の検体のうち、耐性変異は1例で同定された1種類だけあり、ウイルスクリアランスを妨げるものではなく、全般的にはEDP-938は臨床的に高い耐性バリアを有するとまとめた。本剤は現在、3歳未満の小児患者と高リスクの成人患者を対象とした第Ⅱ相臨床試験で検討中である。

1. Ahmad A. et al, N Engl J Med. 2022; 386(7): 655–666.

監修 野崎 昌俊先生のコメント

現在、RSV感染症の治療薬として、海外では免疫抑制状態の患者さんに対して抗ウイルス薬のRibavirinが承認されています。しかし、安全性や効果について不確かな面があり、使用機会は限られています。日本ではC型慢性肝炎の治療薬として用いられ、RSVには適応がありません。現在、さまざまなRSV治療薬が研究開発されていますが、RSVの融合タンパクを阻害する他の薬剤と比較して、EDP-938は融合タンパクを標的としない複製阻害薬であり、RSVが細胞内に侵入してからでも効果が期待できるとされています。本研究はさらに、耐性が生じる可能性が低いことを示したものです。