RSウイルス(RSV)はAとBの2つのサブタイプに分けられ、G遺伝子第2可変領域の塩基配列によって遺伝子型が分類される1)。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに伴い、2020年は日本でRSV感染症の流行は認められなかったが、2021年に再流行した2,3)。RSVの分子進化について、地域における時間的・地理的な変化を詳細に解析した報告は少なく、COVID-19流行前後の比較研究も少ない。本研究では、福島県におけるRSV遺伝子の時間的・地理的な変化を明らかにすることを目的に、隣接した2医療圏とCOVID-19流行前後のRSV遺伝子学的変化について解析した。
調査対象は、福島県内の隣接した医療圏にある2医療施設に2017年9月〜2021年12月に呼吸器症状を呈して入院した15歳以下の全患児とした。RSVはリアルタイムPCRにて同定し、塩基配列はダイレクトシークエンス法により決定した。分子疫学解析は、系統樹解析、ネットワーク解析、そして時系列系統解析を行った。先行文献と、臨床株に対するBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)解析の結果を参考に、解析に組み込む株を選定した。また、塩基配列は、塩基配列データベース(Genebank)を参照した。基準株(3株)、各遺伝子型の代表株(41株)、世界各地の流行株(109株)と、臨床株(291株)を合わせた444株を解析のデータセットとした。対象地域は、人口が同程度で異なる医療圏である、福島市(人口約29万人、小児約3.1万人)のO病院と、郡山市(人口約33万人、小児約3.8万人)のH病院である。気道感染症による年間入院患者数も、O病院が約370人、H病院が330人と同程度であった。
呼吸器症状を呈して入院した総患者数は2,330人(O病院1,500人、H病院830人)だった。COVID-19流行前2017年9月〜2020年3月とCOVID-19流行後2020年4月〜2021年12月の2期間に分けて分析を行った。COVID-19流行前のRSV陽性率は36.2%(667人)、流行後は22.7%(112人)であった。COVID-19流行後はH病院で検体採取ができず、また、COVID-19流行前は各病院で各月最大5検体を解析し、流行後は全検体を解析したことから、流行前後の解析検体数はそれぞれ204検体、87検体となった。2施設におけるRSV流行状況については、2017年〜2019年は毎年RSV-AとRSV-Bが共に流行していたが、COVID-19流行後の2020年には流行は見られず、2021年にRSV-Aの大きな流行を認めた。これまでにRSV-Aは15種類、RSV-Bは26種類の遺伝子型が同定されており、遺伝子型の代表株を用いてML法により作成した系統樹解析の結果、臨床検体のRSV-AはON1株、RSV-BはBA9株とクラスターを形成した。ネットワーク解析の結果、RSV-AのON株は3系統に分かれており、すべての臨床検体がON1と同様に系統1に分類された。RSV-BのBA9株も3系統に分かれ、すべての臨床検体がBA株と同様に系統2に分類され、大きな流行の広がりを認めた。RSV-Aの時系列系統解析の結果、臨床検体は8つのクラスターに分かれており、RSV非流行期(2020年)を経て、同一の3つのクラスターから分岐していた。RSV-Bについては、臨床検体が6つのクラスターに分かれ、RSV非流行期を経て、同一の1つのクラスターから分岐して流行していた。COVID-19流行前の各クラスターの検出数を2施設で比べると、RSV-Aでは4つのクラスター、RSV-Bでは3つのクラスターにおいて検出率の差が認められた。
近年、世界的に主流のRSV遺伝子型と系統は、RSV-AがON1/系統14-6)、RSV-BがBA9/系統24,7)であり、本研究においても世界の動向と同様の結果であった。COVID-19規制緩和後のオーストラリアにおける研究では、RSV遺伝子の多様性が著しく減少したことから、国内で循環していた株が再流行した可能性が示唆されており8)、本研究においても同様の解釈が可能である。RSVの毎年の流行は、局所的に進化したクラスターに起因することが報告されている9)。本研究においても、隣接した医療圏でクラスターの出現率に差が見られたことから、RSVは小さなコミュニティで起こる独自の分子進化が世界の流行に繋がっていると考えられた。なお、本研究の限界として臨床検体数が限られていたこと、臨床検体と同時期の他の地域の株が少なかったこと、シークエンスしたゲノム領域が狭かったことなどがあげられる。
参考文献
1) Mufson M.A, et al. J Gen Virol 1985; 66: 2111-2124.
2) 国立感染症研究所 RSウイルス定点当たり報告数
(https://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weekltgraph/1661-21rsv.html)(2023年6月14日アクセス)
3) Ujiie M, et al. Emerg Infect Dis 2021; 27(11): 2969-2970.
4) Tabor DE, et al. J Clin Microbiol 2020; 59(1): e01828-20.
5) Hirano E, et al. Infect Genet Evol 2014; 28: 183-191.
6) Duvvuri VR, et al. Sci Rep 2015; 5: 14268.
7) Haider MSH, et al. PLos One 2018; 13(4): e0193525.
8) Eden JS, et al. Nat Commun 2022; 13(1): 2884.
9) Agoti CN, et al. J Virol 2015; 89(7): 3444-3454.