小児新型コロナウイルス感染症(COVID-19)症例の臨床経過に関するレジストリ調査は、2020年2月〜2022年9月に国内で発生した20歳未満の全COVID-19患者を対象とした調査である。重症度や入院・外来を問わず、日本小児科学会の所属医師に専用データベースへの任意登録を依頼した。前日までの登録データの集計結果を毎日午前8時に公開し、一般の方々も閲覧できるようにしたことで、迅速な情報共有が可能となった。データベースの登録内容は、世界保健機関(WHO)のInternational Severe Acute Respiratory and emerging Infection Consortium(ISARIC)による国際基準に則って作成した。10,334例の患者登録が得られ、患者の年齢、エピカーブ、先行感染者、治療、予後などのデータを公開した。オミクロン株流行前までは、先行感染者の70%が家族であり、大人から子どもに感染するパターンが主であった。しかし、オミクロン株流行後の2022年からは、保育園・幼稚園・学校での感染が増え、家庭内感染がきょうだいである子どもから子どもに感染するパターンに変化していた。また、先行感染者が不明なパターンも増加していた。
本調査を踏まえて、データベース構築の観点から検討すべき点を以下に記す。まず、非常に多忙な小児科医による任意登録となったため、患者数が増えるにつれて登録率が低下したことが挙げられる。2020年12月時点では、10歳未満は15.8%、10歳以上は3.6%が登録されていたが、経時的に登録率は下がっていき、2022年6月時点ではそれぞれ0.4%、0.2%となってしまった。2つの年齢区分の登録率の差は、診療科が小児科であるため、もともと15歳以上の患者が少ないというバイアスも反映されている。また、エピカーブの第7波は第6波と比べて小さいが、実際の患者数は増えており、登録が困難となったためにそのようなエピカーブとなったと推察される。さらに、本データベースの登録症例の半数以上が入院患者であり、外来受診割合の多い小児COVID-19症例において、小児全体の実態が十分反映されていないというバイアスにも注意が必要である。
本調査の予算に関しては、当学の学内研究費でスタートし、その後2020年11月以降に厚生労働省からの補助金が充てられた。しかし、2021年の予算規模は2020年の1/8となり、2022年は厚生労働省からの助成がなく、日本小児科学会の予算で調査を継続していた。このことから、新興感染症流行時に迅速な調査開始・継続をするためには、平時から安定予算を確保することが必要と考えられる。本調査の協力者の人数は、計画立案が日本小児科学会の小児科医約30名、データベース作成の業務委託先職員3名、データ入力者488名(320施設)であった。調査結果の論文化は4名の小児科医が行ったが、この中で報酬が支払われたのはデータベース作成の業務委託先職員3名だけであり、その他は無償での実働となった。多くの業務が報酬なしに行われることで、情報公開の遅延や調査継続が困難となるリスクが考えられる。さらに、迅速な調査を実施する上では、倫理審査委員会を経ることで生じるタイムラグも課題として挙げられる。本調査は、日本小児科学会の倫理審査委員会において、2020年5月14日に中央一括審査で承認されたが、こうした公共性の高いデータであっても、当学を含めて多くの施設において個別の倫理審査が必要となった。倫理審査は欠かせないものであるが、迅速性や調査への参加閾値に影響する可能性がある。小児のCOVID-19を対象とした主なレジストリ調査は、国内で一番大きなデータであるCOVID-19感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)や本レジストリも含めて計5つであった。それぞれの目的は異なるものの、複数のレジストリが横断すること自体が登録者の業務負担を増加させるため、類似調査の重複を回避する必要がある。
上述の通り、本レジストリ調査を通して明らかになった新興感染症データベース構築の課題は、迅速性・継続性・確実性の3点に集約される。新興感染症に対する調査費用を事前に確保し、事前に倫理審査の承認を得た施設が定点報告をし、教育を受けた登録者が何らかのインセンティブを得て責任を持って全数登録を行うという形であれば、より全体像が見えるデータベース構築が可能になると考えられる。