感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)第15条2項は、感染症の発生予防やまん延防止のため、必要時に厚生労働大臣が関係各者に調査をさせることができるという主旨の条項であり、得られた結果を政策に応用することを目的としている。本条項に基づくThe first few hundred調査(FF100)とは、感染症による公衆衛生危機発生時に症例定義に合致した数百症例程度から通常のサーベイランスでは得られない知見を迅速に収集するための臨床・疫学調査である。今回、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について国が直接実施した疫学調査は複数あったが、以下に実際の調査実施例と活用例を紹介する。
オミクロン株流行初期におけるFF100は、オミクロン株の性質を迅速に把握することを目的とした調査であり、調査票に基づく情報収集を行い、経時的に唾液検体・喀痰検体・血液検体を採取して、ウイルスの排出期間・排出量・抗体価の測定などを行った。最終的に、全国16医療機関から調査票139例、呼吸器検体662検体、血液検体190検体を収集した。オミクロン株が出現したのは2021年11月末であり、直ちに調査を開始し、2022年1月5日に報告書の第1報が出された。これにより、調査に基づいた療養解除基準指標を世界で初めて報告することとなった。以前の療養解除基準は、PCR検査で連続して2回陰性結果が得られることであったが、第1報の調査結果を皮切りに、発症から10日間での療養解除を可能とし、検査ベースの基準から時間ベースの基準に変更された。その後、第2報ではワクチン未接種者に関して、第3報では無症状病原体保有者についての報告書を出した。第4、5報では発症から退院までの疫学的・臨床的特徴をまとめた。第6報では、2022年3月時点のウイルス学的・血清学的特徴についてまとめ、世界に先駆けてその知見を公表した。
社会的に関心の高い抗体保有については、ワクチン接種や自然免疫による社会の免疫保有状況を把握することを目的として主に2つの調査が実施された。2020年に開始した住民調査による血清疫学調査は、宮城県・東京都・大阪府・愛知県・福岡県の5都府県で行われた。2022年に開始した献血の残余検体を用いた血清疫学調査は、日本赤十字社の協力を得て実施した。それぞれの調査内容は、COVID-19のアドバイザリーボードや厚生科学審議会感染症部会の資料においても報告され、国内における重層的なサーベイランスの一つとして流行状況などの評価に活用された。
さらに、国立感染症研究所(感染研)が日本小児科学会・日本集中治療医学会・日本救急医学会の協力のもと、2022年1月1日から9月30日までの20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査を実施した。コロナ感染後の小児の死亡例が増加したという懸念を背景に実施された調査である。感染研の医師が、実際に各医療機関に出向き、死亡62例についてカルテ情報の集積による臨床像の深掘り調査を実施した。主な死因は、中枢神経系の異常(急性脳症など)、循環器系の異常(心筋炎など)、呼吸器系の異常(肺炎など)などであり、基礎疾患のない患児が58%であった。報告書の考察のまとめとして、①痙攣、意識障害などの神経症状や、嘔吐、経口摂取不良など、呼吸器症状以外の全身症状の出現にも注意が必要であること、②基礎疾患がなくても症状の経過を注意深く観察すること、③特に発症後1週間は症状の急激な変化に留意することが重要であると結論づけられた。これらの調査結果は、診療の手引きの「小児の管理」の章に掲載されている1)。
感染症法15条2項は、臨床・疫学調査の根拠法として強い強制力があるが、今回のCOVID-19に関するさまざまな調査のようにあくまでも臨床の方々の協力のもとに実施される。迅速な解析と臨床への還元が迅速に行われることが非常に重要であり、自治体や医療機関の関係者と協力して連携をとりながら、政策に活用していくことが重要である。
参考文献
1) 新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第9.0版
(https://www.mhlw.go.jp/content/000936655.pdf)(2023年6月14日アクセス)