笑顔の子どもを育む地域を創るために笑顔の子どもを育む地域を創るために
是松聖悟 先生
(埼玉医科大学総合医療センター 小児科 教授)

 本日は、私が大分県で勤務していたころ、県から委託された「おおいた地域医療支援システム構築事業」で小児科分野担当教授として取り組んでいた、いくつかの事例をご紹介したいと思います。

 私がこの事業に参画した当時、大分県の子どものワクチン接種率は非常に低く、とくにMRワクチン、麻しん風しんワクチン2期の接種率は全国最下位というレベルでした1)。これでは感染症から地域を守れないという危機感から、感染症予防の重要性を県民フォーラム、テレビ、新聞や市報の連載等で啓発することにしました。また、市町村が支払っている乳幼児医療費の流れにも着目して、予防接種の助成に力を入れるように訴えました。これは乳幼児医療費が、過疎地域において何千万円レベルで都市部の医療機関に支払われていたことがきっかけでした。病気になった子どもの医療費を都市部の医療機関に支払うくらいであれば、地域内での予防接種を助成して病気を防ぐほうが、子どもたちにはもちろん、地域経済にも有益だと考えたからです。

 実際、竹田市で2年間すべての任意予防接種を全額公費助成にしたところ、助成金の上乗せ金額が271万円だったのに対し、医療費と保護者の就業損失額(仕事を休む等で失われる収入)等を合わせて1,075万円が削減されたというデータが得られました2)。予防接種率が上がれば、感染症は確実に減ることが証明できた好事例となりました(図13)。さらに面白いことに、この調査時期にこの地域の合計特殊出生率が2を超えるという現象が確認されました3)。少子高齢過疎化の進む市で、出生率が上がるという驚きの結果でした。

図1 竹田市の水痘、おたふくかぜの予防接種数と発生数

 発達障害児のスクリーニングには、5歳児健診を導入し、通常小学校への入学を目標とした支援を行いました。診断難民ができないように、一次健診から就学まで、医療や保健、教育、保育、福祉など市のリソースを最大限活用して、多種職で連携できるシステムを作りました。実際、私も保育所や幼稚園を巡回したり、市で相談会やシンポジウムを開いたりしました。これも竹田市の例になりますが、ある年の5歳児健診で505人(43%)が要観察と評価されたのですが、個別に対応法を伝え、専門医療機関や療育施設の受診を勧奨したり、地域で見守りを続けたりした結果、最終的に就学後も支援が必要となった子が40人、そのうち33人が通常学級で授業を受け、以降39人は不登校となることなく学校生活を送ることができました4)。この取り組みを境に、不登校児童が減少したことは特筆すべきことです。

 アレルギー対策にも力を入れました。保育所・幼稚園や学校などでアレルギーの子どもが誤食した際は、アナフィラキシー対応として発症後すぐにアドレナリン自己注射薬を投与しなければいけませんが、実際の対応を調査したところ、もっとも多い回答が「保護者に連絡する」というもので、少し危険な結果が得られました5)。そこで、養護教諭だけでなく、すべての保育所・幼稚園・小学校・中学校・高校・特別支援学校の管理職を対象としたアナフィラキシーの研修会を開催することにしました。並行して「学校・幼稚園・こども園・保育所における食物アレルギー対応マニュアル(大分県版)」も作成しました。このマニュアルは、アナフィラキシー時の対応についてすべての子どもを対象としたことが特徴です。実は、アナフィラキシーに至る子どもの多くは、アドレナリン自己注射薬をもっていない子どもなので6)、このようなすべての子どもに対応した、緊急時のマニュアルの存在は重要であると考えています。

 また、ある地域で中核病院の小児科医が大幅に減少したときには、一次救急医療体制の立て直しにも関わりました。当時、市は24時間365日小児科医にかかれる体制を整えていたのですが、これに代わって22時までは応援医師による小児救急センターでの対応、それ以降は看護師の電話相談と当直医による診療の体制に切り替えるように要望を出しました。そして、研修等で看護師のスキルを向上させたところ、日中の入院数を増やすことなく、深夜の受診数を約3分の1まで減少させることができました7)。24時間小児科を受診できる体制がなくても、病気の子どもを守り、医療崩壊を防ぐことができた好事例となりました。

 一方、医療的ケア児の支援としては、支援学校に小児科医が巡回して、現場を見守ることを大事にしました。埼玉医科大学総合医療センターでも研究会を多数開催し、全国の医療的ケア児の支援者を育成していますが、弱い立場の子どもたちを守る地域がより成熟した地域と言えると思います。医療的ケア児のためだけでなく、すべての国民がお互いをいたわり合うことのできる国づくりにつながると考えています。

 また、医療だけでなく、適切な子育てを実現するためには、妊娠期から成人に至るまで、多職種で申し送りながら、フィードバックをしていくことが大事になってきます(図2)。これを実現するため、埼玉で「小江戸・こども支援推進協議会」という多職種連携のボランティア団体を立ち上げました。50人ぐらいでワークショップを開き、子どもをどうやって伸ばしていくのか、育てていくのかということを日々話し合っています。虐待予防という難しい課題に対しては、学校教育の中で子育てについて学ぶ機会が必要だと思うので、現在、埼玉大学の教育学部と連携し、小学校に出張授業をしようと考えているところです。

 このように、小児医療が教育や福祉と手を取り合うことが、笑顔の子どもを育む地域づくりにつながると考え、日々活動を行っています。

図2 適切な子育てを実現するために

1) 厚生労働省,麻しん風しん予防接種の実施状況「第2期 麻しん風しんワクチン接種率全国集計結果(都道府県別)」,平成19年度(2007年4月1日~2008年3月31日)https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html(2023年12月14日アクセス)
2) 是松聖悟ほか.日本小児科学会雑誌. 2012; 116: 1380-1386.
3) 泉達郎ほか.小児保健研究. 2011; 70: 88-90.
4) Korematsu S, et al. Brain Dev. 2016; 38: 373-376.
5) 是松聖悟ほか.日本小児アレルギー学会誌. 2018; 32: 654-665.
6) Korematsu S, et al. Pediatr Int. 2022; 64: e14973.
7) 祝出理恵子ほか.小児科臨床. 2021; 74: 313-316.

ディスカッション

森岡:

非常に横断的に活躍されていて、素晴らしいですね。

三ッ林:

アレルギー対策についてですが、アドレナリン自己注射薬は保護者以外でも投与が認められていると思いますが、打たない理由は何ですか。

是松:

怖くてできないということもありますが、投与すべきタイミングかどうかが分からないというのが大きな要因です。アナフィラキシーの症状は共通しているので、それが周知されれば、誰でも投与は可能です。先ほど紹介したマニュアルには投与すべきときの症状を具体的に記載しています。大分では、学校向けにロールプレイ用のシナリオを作って、定期的に研修していました。

三ッ林:

このような活動は東京でも進んでいるのでしょうか。

森岡:

まとまった形では進んでいません。というのも、アドレナリン自己注射薬の投与は、それぞれの主治医が投与する際の症状を記載しているので、その表現がバラバラなため現場が混乱する原因になっています。

是松:

そうなんです。しかもアレルギーと思っていない子どもが発症したりすると、現場では何も対応できません。ですから、誰に症状が起きても動けるマニュアルが必要だと思います。

三ッ林:

時間が大切ですからね。

是松:

その通りです。現在、大分での経験を生かして、日本小児神経学会でけいれんが起きたときの対応フローチャートを作成しています。これを学校などに配布しようと考えています。